がん

全ての人間は病んでいる

 

人間というのは、病人と健常人の2種類に分けられます。しかしながら、それは「後天的な病の有無」によって分類しているだけです。後天的な病を患っているかどうかによって人間を分類するのは、かなり乱暴な行為であると言えます。

 

そもそも、後天的な病の大半は「天災」であるため、本人にはどうすることもできません。「そんなことはない。規則正しい生活習慣を維持していれば、病気にはならない」という意見もあるかと思いますが、実際は違います。規則正しい生活を長年に渡り維持しているのにもかかわらず大病にかかる人もいますし、その逆もまた然りです。

 

また、「死という病気」からは何人たりとも逃れることはできません。人間以外の動物の場合、死ぬ間際になってようやく、自分が死ぬことを悟ります。しかしながら、人間の場合、子供の段階で自分が死ぬことを悟ります。子供の段階から老人の段階までの数十年間に渡って、死と共に生きていかなければならないのです。このような特殊な生き方をしているのは、人間だけです。

 

「自分はいつか必ず死ぬ」という事実を、自分の人生観の中に取り込んで生きていかなければならないのは、とてもつらいことです。「死に向かって生きている自分」を絶えず意識しているわけですから、死という病にとりつかれているといっても過言ではありません。「生まれながらの死のキャリア」としてどのように生きていくかが、全ての人間に課せられた命題なのです。

 

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「急な暴発」を防ぐためには

 

患者の中には、それまで平和にやり取りをしていたのに、ある日突然暴発する人も少なくありません。急な暴発がもたらす衝撃は計り知れないため、兆候を察知して、暴発を未然に防ぐように努めることが大切です。

 

「暴発を未然に防ぎたいのはやまやまだけど、兆候が全く見当たらないのでお手上げ」という意見もあるかもしれません。確かに、感情が表に出やすい人もいれば、そうではない人もいます。前者の場合は見ればわかるのであまり苦労しませんが、後者の場合は見てもわからないので大いに苦労するでしょう。

 

しかしながら、感情の大半は、わかりやすい部分には表出しません。「神は細部に宿る」という言葉がありますが、感情の大半も細部に宿ります。そのため、わかりやすい部分にだけ目を向けている人は、「微弱だけれど大事な感情」を見逃してしまう可能性が高いです。

 

よく、「人の感情がわからない」という人がいますが、そのような人はただ「人の感情をわかろうとする努力を怠っているだけ」です。もちろん、どんなに努力をしても、人の感情を完璧にわかることはできません。ですが、完璧にわからないからといって、わかろうとする努力自体を放棄して良いことにはなりません。

 

あらゆる人間関係の肝要は、「相手の尊厳を傷つけないこと」にあります。そして、相手の尊厳を傷つけないためには、相手の感情を忖度するように努めることが大事です。小さな変化にその都度しっかりと対応していれば、大きな変化に戸惑うことはありません。

 

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