芸能人のがん死 忌野清志郎さん

有名人のがん死 忌野清志郎さん

 

ミュージシャンの忌野清志郎(栗原 清志)さんは、2009年にがん性リンパ管症で亡くなりました。忌野清志郎さんは、その破天荒なキャラクターによって、ファンはもちろんのこと、ミュージシャン達からも幅広い人気を得ていました。その激動の人生は、今も多くの人々の記憶に焼き付いています。

 

がん性リンパ管症というのは、がんが原因でリンパ管がふさがって、肺が水浸しになる症状のことを指します。がん性リンパ管症になると、酸素を身体に取り込めずに、とても苦しい状態になるそうです。肺がん患者ががん性リンパ管症になると、短期間で亡くなるケースも少なくありません。

 

がんになっても、早期段階で適切な治療を受ければ、回復する見込みはあります。ですが、忌野清志郎さんは、喉頭がんが発覚したものの、治療のために声帯を切除することを拒みました。治療を受けることよりも、声帯を維持すること(歌い続けること)を選んだのです。

 

忌野清志郎さんの場合、「がんの摘出をすると、声が出なくなる」と医師から宣告されたことから、外科手術を行わずに、放射線治療や抗がん剤治療でがんを治すことを目指しました。しかしながら、入院後わずか数週間で、標準治療(外科手術、抗がん剤治療、放射線治療)から代替療法(標準治療の代わりに用いられる治療)への変更を余儀なくされています。

 

 

忌野清志郎さんが治療法を変更した原因は、「流動食生活」になることを避けたからだといわれています。「医学的なアプローチに基づく治療計画」を受け入れた場合、胃に穴を開けて、流動食生活になります。流動食生活になると、唾液腺がなくなるため、歌うのが困難になってしまうのです。

 

これはミュージシャンに限らず、あらゆる職業についても言えることですが、「治療を受けることで身体の機能が著しく低下して、職業を続けることが困難になるケース」における判断というのはとても難しいです。ミュージシャンである忌野清志郎さんにとって、治療を受け入れることは、歌えなくなることと同義でした。

 

手術を避けて代替医療を選択した忌野清志郎さんに対して「なぜ手術を受けなかったのか。歌えなくなることよりも、命が助かることの方が遙かに大切なのに」という考え方も当然あるでしょう。ですが、手術を受けても早く亡くなる人もいますし、その逆もまた然りです。「後出しじゃんけん」をしても意味がありません。

 

部外者は好きなように意見を言えますが、それは当事者の考えを無視した上で成り立っている「妄言」である場合がほとんどです。がん患者に限らず、どの治療法を受けるかを最終的に決めるのは、医療従事者ではなく患者本人であるということを忘れてはいけません。患者本人の意志決定こそが、最も尊重されるべき「最終解」なのです。

 

がんの種類

ウモ・ウモグリーン