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現代は「死ぬことを考えない時代」

 

現代を一言であらわすとすれば、「死ぬことを考えない時代」です。死に関する事象のことごとくを日常空間から駆逐することによって、「生の世界」と「死の世界」を分離しようとする動きが近年ますます活発になっています。

 

死ぬことを考えない時代というと、「正常な時代」に思えるかもしれません。ですが、死ぬことを考えない時代というのは、極めて特殊な時代です。この時代の特殊性を意識しないで済むということ事態が、すでに正常ではありません。

 

死ぬことを考えないで済むようになった主要因は、科学技術の向上です。科学技術が向上したおかげで、生の世界と死の世界の間に様々な種類の衝立を設置することができるようになりました。その結果、死の世界から目を逸らしやすくなったというわけです。

 

ただ、死の世界からいくら目を逸らしても、死の世界そのものがなくなることはありません。誰の人生にも、死は必ず訪れます。死のことを考えないということは、「生の行く末」についても考えないということです。

 

人間の在り方というものを考えたとき、死について語らないわけにはいきません。死について語るということと、人生について語るということは同義です。「死について奔放に発言することができる土壌」を耕し続けることは、人生における大事な営為の1つであると言えます。

 

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全ての人間は病んでいる

 

人間というのは、病人と健常人の2種類に分けられます。しかしながら、それは「後天的な病の有無」によって分類しているだけです。後天的な病を患っているかどうかによって人間を分類するのは、かなり乱暴な行為であると言えます。

 

そもそも、後天的な病の大半は「天災」であるため、本人にはどうすることもできません。「そんなことはない。規則正しい生活習慣を維持していれば、病気にはならない」という意見もあるかと思いますが、実際は違います。規則正しい生活を長年に渡り維持しているのにもかかわらず大病にかかる人もいますし、その逆もまた然りです。

 

また、「死という病気」からは何人たりとも逃れることはできません。人間以外の動物の場合、死ぬ間際になってようやく、自分が死ぬことを悟ります。しかしながら、人間の場合、子供の段階で自分が死ぬことを悟ります。子供の段階から老人の段階までの数十年間に渡って、死と共に生きていかなければならないのです。このような特殊な生き方をしているのは、人間だけです。

 

「自分はいつか必ず死ぬ」という事実を、自分の人生観の中に取り込んで生きていかなければならないのは、とてもつらいことです。「死に向かって生きている自分」を絶えず意識しているわけですから、死という病にとりつかれているといっても過言ではありません。「生まれながらの死のキャリア」としてどのように生きていくかが、全ての人間に課せられた命題なのです。

 

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